「夏」


声にならないほど、愛しい。

ずっと気になっていた少女が居た。

真夏のプール。

当時の俺の、勤務先の、高校。




先生。

そう呼ばれる事にもうすっかり慣れていた。

勤続6年。

俺はもうすぐ30になろうとしていた。

未だ、結婚はしていない。




突然、後ろから背広を引かれる。

そこに、あの少女が居た。

震える手の先に握られているのは

俺のボールペンだった。落としたのか。

有り難う。

そう云って笑うと、少女ははにかんで、

俯き、小声で、いいえ、と云った。

廊下に射している光が少女の頬を照らす。

ふと思いつき、声を掛けた。

どうして、学校に居るんだ?

少女は、ぱっと顔を上げ、それから俺の目をひたと見つめて、

微かに口許を綻ばせて。

数学の自習です。

俺はその時、数学教師だった。




エアコンの効いた教室で二人、

只、黙り、問題と睨み合う。

先生。

呼ばれて顔を上げると少女は俯いたまま、

此処が、解らないんです。

ああそれは、

云い掛けて伸ばした指先が少女の指先に触れて。

冷えた身体が、熱くなった。

ごめんね。

いいえ。

答える少女の名は、筒井沙織と云った。




水泳が好きなの。

そう聞くと彼女は

水が好きなんです。

そう答えた。

きらきら光を反射して、飛沫をあげる。

水泳部員達を横に見ながら、

プールわきの校庭を二人、歩いた。

―――彼女の手をそっと触る。

蝉の声が、聴こえる。




先生、今日は有り難う御座いました。

いや、またいつでもおいで。

はい。



今、俺が中学教師をしている理由。

僻地に飛ばされた理由。

そして一人の子がいる理由。

幸せの理由。

掴んだものは失ったものよりもはるかに大きく。

俺は今、生きている。




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