――つぐみ――




つぐみ

最初の印象?どっちかっていうと・・・ん〜そうだな、

綺麗な顔した先生だなって。そんな感じ。

印象というのは、先入観が先立ってしまって。

噂どおりの、美人だな、と思いましたね。まあ、それだけでした。

そよそよ、風が吹いて、穏やかな午後。

出会いなんてそんなもの。

ふと目が合って、声を掛けて。

話しているうちに、気の合うひとだなと。

「つぐみ」

「先生?なんだか顔色良くないぜ?」

「いや、そんな。風邪もひいていないし、健康そのものですが?」

「あ、そう?ならいいけど。」

「少し、俺の部屋へ寄っていきませんか?美味しいコーヒィがあるのですが。」

「やった、うん、行く。でもええと、レポート出してきてからね」

「待っていますよ。」

コーヒィの薫りに誘われて、そっと部屋を開けると、先生が俺をまっている。

良い匂いだね、

先生のカップに顔を寄せて、眼を覗き込む。

先生は少し微笑って、カップを俺に渡して。

新しく、熱いコーヒィを煎れに行った。

戻ってきて、カップを彼に渡すと、つぐみは淡く微笑って、

ありがとう先生、と云った。

俺はこの青年が微笑むのを見るのが好きで。

綺麗な面が、俺の為に。

そんな事を考えながら彼を見ている。

駄目な事だと解ってはいるのですが。

「そう云えば先生、」

「なんですか?」

「友達に云われた」

「何を」

「先生と一緒に居るの楽しいの?って」

「・・・」

「何て答えたと思う?」

「・・・」

「・・・気になんないのかよ」

「・・・気になります」

「あのね、楽しいって答えたよちゃんと」

含み笑いをして、上目遣いに先生を見る。

なんとも云えないような顔で、俺を見つめる先生が

楽しくて。そんな整った顔してるのに、

微妙にうろたえたりして。

あと、先生の癖で気に入ってる所。

自分の事、俺って云うくせに、

俺には敬語まじりの変な喋り方する。

なんだか、ギャップが好きなんだよね。

楽しいと云って貰えて俺的にはかなり嬉しい。

などとぼんやり考えていると彼に笑われた。

やっぱり俺はおかしいんだろうか?

緊張すると敬語になってしまう癖だってそうだ。

おかしいと解ってはいるけれど、

どうしても直らない。

俺が彼を気に入った理由なんてものは、

その癖に比べてまだ平凡。

俺の敬語と同じように敬語で喋ってくるかと思っていたのに。

あの顔で少しはすっぱな口調で喋る。

かなり、驚いた。

ほら、これが先入観だ。

二人であちこちに行く。

昼もたまに一緒に食べるようになったし、

遅くなった時とか、二人で示し合わせて帰る。

模型作りに夢中になった夜とかは、つぐみは先生の家に

泊めてもらったりする。

そしてそれはとても幸福な時間なのだ。

つぐみにとっても、

勿論先生にとっても。

今のままの、この関係は、

本当に心地良いものだった。

つぐみは髪を伸ばしている。

綺麗な天然色の茶色に、少し金が混じっている。

噂ではクォータだというが、

いかんせん、噂だから当てにならない。

つぐみ本人にも聞いた事は無い。

俺がつぐみを好きなわけはその容姿の

美しさには関係なく、またその出自は

もっと関係の無いものだから。

こないだ、髪に触ってもいいかと聞くと、

つぐみは笑っていいよと云ってくれた。

そっと手にとると莫迦みたいに柔らかくて、

さらさらと流れた。

シャンプーは何、と真面目な顔で聞いたら

爆笑されて、

先生が使うのと聞かれた。

勿論そんなわけはなく、ただ興味があるだけだといったら

快く教えてくれた。つぐみの妹が使っているのを

借りているのだという。

妹がいるのですか。

結構普段感情を顔に出さないひとなのに、

そのとき先生、結構吃驚したみたいな顔で、

妹がいるのですかなんて聞くし。

あんまり変だったから、笑いながら

居るよ、って答えたら、なんか複雑な顔してた。

そんなに変なことかなって聞き返したら

先生は首を振って、

今までそんな事を聞かなかったなと思って、と答えた。

そういや俺たちはお互いの事を殆ど話さないし、

聞かない。特に重要じゃないでしょう、

そういうのって、意外と。

そんなの聞きたいときに聞けばいいような

気がするし。

「妹とー、弟が居る」

「そんなに。」

「えっいちゃわるいの。」

「いや。少し驚いただけですよ。」

「なんで?」

「君は一人っ子だと思い込んでいました。」

「あ、それよく云われる。なんでだろう」

「雰囲気が一人っ子ぽいんでしょう」

「なんだあそれ!俺が甘え顔みたいじゃんか」

「・・・あながち、」

「・・・なに?」

「いいえ、忘れて下さい」

その会話のほとんどが微かな笑いと共に

交わされる。特に意識しているわけでもないのに

自然に寄り添って、そう、つぐみは先生の肩に

少し頭を寄せて。

先生はつぐみが何か云うたびに

彼の方へ耳を傾けて。

先生のきちんとセットされた黒髪が

ちょっと乱れかかると

つぐみは微笑んでそれを直して。

直された先生は繊細な顔に不思議な笑みを浮かべて、

礼を云っていた。

羨ましいくらいの、睦まじさだった。

それは今も変わってはいない。

あるとき、先生に誘われて、湖に行った。

結構大きくて、想像と若干の違いを楽しみながら、

湖畔を歩いて。

いつものように肩を並べて、少し寄り添って。

きらきら光る水と、揺れる水。

夕方独特の暖かな、それでいて寂しげな匂いが

あたりに立ち込めてきた。

先生はゆっくり、歩きながら時折俺を見て

微笑う。

「・・・先生、兄弟は?」

「どうしました突然。」

「ん、ちょっと」

「・・・一人っ子ですよ」

「うそ。」

「どうして?」

「絶対お兄ちゃんだと思ってた。」

「そうですか?」

「えー、俺先生が兄貴だったら良いと思う」

「俺も君が弟だったらと思う時がありますよ」

「ほんと?」

静かな路に忍び笑いが落ちてゆく。

つぐみが笑い声をあげるたび、

声の粒子が空間に広がって、蒸発してゆく。

声が好きだ。

無意識に彼の頭を引き寄せて、

抱きしめて。

すこし笑みを含んだままの瞳が

無邪気に俺を見上げてきて、

もうすこし、微笑んで、

それはほんとうに一瞬だったけれど。

淡く、淡く

密やかにくちびるに触れた。

不思議なもので、雰囲気はあまり変化せずに、

季節が移り変わる。

先生は相変わらず平気でつぐみを部屋に

泊まらせるし、つぐみは平気で泊まりに行く。

よくも平気なものだと思う。

でもこの二人にはそれが自然なのかも

しれないと最近、

気が付いた。

「先生、ここのとこよくわかんない」

「どこです?」

「なんでこうなるわけ。」

「理由は必要ないのですが」

「覚えろって?」

「・・・まあ手っ取り早く云えば」

「・・・教えてくれないんだな」

「・・・これは真理ですからねぇ。」

「〜〜〜っ、もういいよーっだ!」

「あ、つぐみ、新しいお茶っ葉があるんですが?」

「・・・欲しい」

一度つぐみに聞いてみたことがある。

先生とどうやって過ごしてるの。

いわゆる夜の事。

つぐみは曖昧に笑って、

ちょっとずつ、話してくれた。

他愛も無い、ほんとうに

おままごとみたいな

彼らの睦言を。

別に、そんな大した事はしないんだよ。

お互いそんな求めないし、

多分世の中のひと達よりずっと、ずっと。

ふたりで眠るだけだったり、

たまに、キスするけど、

そんな感じ。

先生が喋るのとか、くちびるが動くのとか、

見ているだけでいいんだ。

なんかそれが好き。

ゆっくりした口調で、教えて諭すみたいな

あの口調が俺のお気に入りなんだ。

かささぎにも解るようになるよ。

つぐみが卒業して、俺と暮らすようになって

一度だけ、彼の妹と対面した。

つぐみとよく似た、綺麗な子だったが、

彼と少しちがうのは、

彼女はしっかり地に足をつけて

生きているように見えたこと。

つぐみは良くも悪くも、

リアリストとは云えないから。

妹はかささぎ、と名乗った。

どうお呼びしたらいい、と尋ねると

かささぎで結構です、と答えて

艶やかに微笑んでくれた。

ああ、やっぱり笑い方も少し違う。

そう思いながら小一時間、話をして。

今日にいたるまで、彼女とは顔を合わせていない。

「何話してきたの」

「・・・気になりますか」

「・・・そりゃあね、」

「じゃあ云わないでおきましょうか。」

「えっなんでそんな意地悪なひとになってんの?!」

「いや、」

「・・・何さ。」

「特にね、君に話すような事は話しませんでしたよ」

「ほんとう?別に俺だって気にしちゃいないけどさ」

「・・・・」

「・・・何笑ってんだよ」

「いえいえ。何でもありませんよ。・・・何でもありませんったら。」

なんだか、貴女のお兄さんを盗ってしまったようで。

いいえ。わたしは兄の幸せがいちばんですから。

・・・では、

何でしょう?

・・・ずっと、お預かりしても。

ええ、今日はそのつもりで参りましたもの。たまに様子を見に参りますが。

彼女は、ひまわりのように笑って。

ずっと云えなかった言葉を

これからも、云うつもりはないけれど。

でも、

愛しい君に。

最後まで一緒に居られたらと願う。

ずっと傍に居て欲しいと願う。

そしてこの想いが君も同じである事を願う。

この我儘な俺に、

それでも君は、

微笑ってくれたから。





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