1章 夕食時

 「くぁっ・・・っはぁ・・・っは・・・っゲホ・・・っ!!」
 ようやく足が落ち着いてくれた。心臓が忙しく動いている。

 「…はぁっ・・・。」
 手の甲で額の汗をぬぐう。ドアにもたれかかり、ずるずるとへたり込んだ。
 「水・・・。水、飲んでこよう。」
 
 洗面所で水を飲み、ついでに顔も洗う。
 鏡をじっとみながら、ふっと考え込んだ。――――なんであんな事に・・・。
 今は足も手も全く普通に動く。図書館に行って謝らないと・・・。
 
 と、階段の下から声がした。
 
 「キリエさーん、ご飯ですよー。」
 
 女中、お手伝いさん、メイド・・・。まぁ呼びかたはいろいろあるが、“エレノア=プランシェット”
 26歳、キリエのねえや的存在・・・というかねえやだ。
 
 ここでちょっと説明しておくと、キリエの父親は3歳の時に死に、母親はその頃から仕事に出ている。
 何の仕事なのかはキリエもエレノアも知らないが、毎月150万ギルドづつ送られて来るのでなかなか
 いい仕事に就いているようだ。
 キリエはキリエの父が死んでから祖母に育ててもらい、5歳のときにエレノアが来て6歳のときに祖母が
 他界。今はだだっぴろい家(の部屋のほとんどは使っていないが)にキリエとエレノアの二人暮しだ。

 「あぁ、今行く。」
 下に向かって返事をすると、タオルで顔をていねいに拭いて階段を下りていった。
 
 夕食を食べながらエレノアに今日のことを話した。
 題の無い本のこと、本を黙って持って来てしまった事、なぜか家に着くまで走るのが止まらなかった事・・・。
 「あら、まぁ」エレノアは呆れたようにスプーンを置いた。
 「それであんなに玄関が泥だらけだったんですか・・・。いつもはキチンと足拭きマットをお使いになるのに、変だと思ったんですよ。」
 「・・・うん、お前よく信じるな。」
 キリエも呆れたようにフォークを置いた。
 「え!!嘘なんですか?!」
 「いや、ホントの事だけど・・・俺が反対の立場だったら多分信じないだろうなぁと思って。」
エレノアは納得したようにうなずくと、またスープを飲み始めた。
 「・・・そう言えば。」
 しばらく間を置いて、キリエが口を開いた。
 「今思い出したが、腕時計が壊れたらしい。」
 「・・・あら・・・見せていただけます?」
 エレノアは再びスプーンを置いた。
 「ほら、遅れてるだろ?」
 スパゲティを食べるのに忙しかったキリエは、ポケットからぞんざいに腕時計を取り出すと、エレノアに渡した。
 「・・・?」
 「・・・どうした?」
 キリエは水差しを引き寄せながら言った。
 「キリエさんたら・・・ちゃんとしてるじゃありませんか。」
 「・・・なにが?」
 顔を上げると、エレノアの苦笑いが見えた。
 「ほらっ、今は6時45分。腕時計もきっちり45分。どこもおかしくありませんよ。」
 「・・・ん・・・?そんなはず・・・――――」
 腕時計を受け取って、文字盤を確かめる。
 「本当だ・・・。」
 じゃあ、あれは見間違いだったのか――いや、でも確かに・・・。
 キリエが首をひねっている間に、エレノアがテーブルを片付け始めた。
 「・・・もしかしたら・・・。」
 ふきんでテーブルを拭きながら、口を開く。
 「その・・・本に・・・魔法でも・・・」
 手を止めた。
 「かかってるんじゃありません?」
   「まさか。」
 即座に否定した。
 「えーーっ・・・もう、夢がありませんねぇ、キリエさんは・・・。」
 「だって・・・いまどき魔法なんて。」
 エレノアがむっとした顔になった。
 「もしかしたら、その本に本当に魔法がかかってて、それで全力疾走したりしたのかも知れないじゃないですか。」
 「はいはい、そうだといいな。」
 「・・・むぅ〜っ。」
 エレノアはぷりぷりしてそのまま台所に行ってしまった。
 ま、考えてもしょうがないか・・・時計も壊れてなかったし。
 「ごちそーさま。」 
 キリエも自分の部屋に向かった。

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