シベリア鉄道旅行記−世界最長の列車での旅−



1/1(木)〜3(土)

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[再びロシア号  モスクワへ]

 今度の車掌は男女のペアだった。シーツ代が行きより高い15,500pも取られた。シーツ
代はどういうシステムになっているかいまだにわからない。日本を出る前に数々のシベ
リア鉄道旅行記を読んだが、それらには6000pとなっていた。物の値段については最近は
安定しているとのことだが、日本のガイドブックの情報は結構当てにならないことが多い。
(まあこれはロシアに限ったことではないが)
 今度のコンパートメントは太めの男性と一緒だったが、この人は老眼で書物を読むとき
には眼鏡をいちいちかける必要があった。そのせいか会話集や辞書を見せながらの会話は
億劫だったらしく、この人とはほとんど話をしなかった。おまけにこの人は酒を飲むわけ
でもなく、本を読んでいるわけでもなくただじっとあたりを眺めているだけだったので、
部屋の空気はとても重かった。この人は1泊して次の晩クラスノヤルスクで降りていった。
 入れ替わりにクラスノヤルスクから乗ってきた人は小脇にウオッカのビンとタブロイド紙
をかかえてふらついた足取りで「ス・ノーヴィム・ゴーダム(明けましておめでとう)」と
言いながら乗ってきた。(そう、今日から1998年なのだ。)
 この人の酒を飲むペースは早く、その日の晩にウオッカ1瓶開けたと思ったら翌昼には
停車駅で新しいウオッカを仕入れていた。その晩からこの人が降りる翌々日の朝までは
ウオッカ漬けの毎日となった。ロシアでのウオッカの飲み方は一気だと聞いていたが、
本当にそのとおりで、途中で休むとはやく空けろと催促された。この人には食べ物を結構
ご馳走になったし色々世話になった。

 イルクーツクを出てから外の天気はだんだん悪くなっていた。曇る日が多くなり、下に
積もっている雪の量も多くなっていたが寒さはだんだん和らいできた。朝方エカチェリン
ブルグに停まったとき、停車時間が30分近くあったので外へ出て少し歩いてみたがもう
このときにはこれまで感じた鼻の穴が凍るような感触はなくなっていた。

[オペリスク]

 エカチェリンブルグを出ると数十キロでシベリア鉄道のハイライトの一つ、ヨーロッパ
アジアオペリスクを通過する。(ヨーロッパとアジアの分岐点を示す碑が立っている)
このオペリスクを見るため、朝8時前に起きてしばらく外を眺めていた。予定では朝8:30
頃オペリスクを通過するのだが、冬のシベリアは日の出が遅く朝9:00でもまだ暗い。
そのうえ列車は時速60>〜70kmで走っている。そこでオペリスクを写真に収めるのは諦め、
目に焼き付ける事にした。しばらく外をじっと眺めていると、白樺の林がきれたと思った
ら小さな駅があってその横に白いオペリスクが見えた。想像していたよりもずっと小さな
ものだったが、闇夜でまわりに明かりがなかったこともあり、白いオペリスクには鮮烈な
印象を受けた。
 これを過ぎると有名なウラル山脈を通過したが、山脈というにはあまりにもあっけなく
丘を上っているような感じだった。
 そしてヨーロッパへ入って日が昇る頃、同室の2人(昨晩チュメニでもう一人乗ってきた)
は降りていった。
 同じ車両からもかなりの人数が降りていって、車内はとても静かになった。あまりに暇
だったのでこれまでの分の日記をつけたりした。モスクワとの時差は2時間となりだんだん
ゴールが近づいているのが実感できた。あと1泊したら翌朝にはモスクワ着なのだ。
モスクワでのホテルまでの行き方などをガイドブックを見ながら考えたりしていると夜に
なって列車はキーロフに着いた。キーロフでは中国人の集団が同じ車両に乗り込んできて
車内は賑やかに(騒々しく)なった。自分のコンパートメントにも中国人の他にロシア人
が2人乗り込んできた。そのうちの一人にモスクワでの地下鉄代と地下鉄の乗り方につい
て聞き、明日の朝に備えて寝る事にした。
 夜中の2時頃目が開いたので見てみると列車はヤロスラブリに着いていた。この駅は
もうホームが高い都市型の駅だったが、停車時間が短く降りて散策することはできなかった。
 部屋へ戻ってまた寝ていると、今度は5時頃車掌に起こされた。荷物をまとめてしばらく
すると、外の景色が賑やかな街のものとなっていき、いよいよ終点が近い事がわかった。
 そしてAM6:20 ほぼ定刻どおりに列車はモスクワ・ヤロスラブリ駅に着いた

 

 


 シベリア鉄道は、ウラジオストク−モスクワ間を乗り継ぎなしで走る列車は隔日で運行
している。ウラジオストクからモスクワ行きの出ない日はノボシヴィルスク(イルクーツ
クよりさらに西にある都市)行きが出る。今回はじめの3日間乗った電車はノボシヴィル
スク行きで、それも特に古い車両だったようだ。自分の席は電球がきれていたし、暖房は
入っていたものの調節がきかないからかとても暑かった。また、車内の音楽放送もかかっ
たりかからなかったりだった。(シベリア鉄道では音楽の車内放送のサービスがある。
 流れているのはほとんどロシアの知らない流行歌ばかりだが、ごくたまに欧米のものも
 流れる。自分が乗ったときもマドンナの曲が流れたし、大晦日の晩イルクーツクから
 乗ったときにはワムのラストクリスマスが流れていた。)
 トイレも古いせいか汚かったが車掌が常にまめに掃除しておりそれほど不潔ということ
はなかった。
 イルクーツクから乗ったロシア号(モスクワ行き。ウラジオストク発のモスクワ行きは
隔日運行)は前の車両よりはきれいだったがそれでも古かった。


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